追憶 shadow side


ゆっくりと落ちる陽に、徐々に室内の気温も落ちていく。
冷たく重い空気が、微かに足下に纏わりついて来るようだ。
窓から入る夕日の柔らかな橙色の光が、斜めに差し込む室内には。
彼の繰るゲーム機の稼働音と、画面から流れるテンポの早いBGM
ほんのり暖かな空気を吐きだす、空調の稼働音
それと・・・自分が本を静かにめくる音しかしない。

雑音だけが支配する。お互いに言葉も交わさない。
雑音を除けば、無言の世界だ。言葉の無い世界に、二人でいる必要があるのかとふと思ったが、
その無言もたまには良いのかもしれないとも思う。

テレビの画面にくぎ付けで、こちらを見ようともしない連れを見た。
飽きもせず、良くもまあ同じような画面を見続けているものだ。

先程から同じような所をグルグルと回っているような気がしなくもない。
いつもなら、気短にコントローラーを放り投げ、すぐにでも止めてしまうだろうに。 画面に映る戦闘機の様なキャラクターが、思案気にクルクル回る。
心ここにあらず という風だ。

「なあ」
ソニックの口から、沈黙を破る言葉が出る。
視線は画面を見たまま、こちらを向こうとはしない。
それならと、自分も読んでいた本に視線を落としたまま、
何だ とぶっきらぼうに返事をする。

「・・・・・前から聞いてみたかったんだけどさ」
画面の中のキャラクターが、敵に撃墜されていく。
宇宙に舞う残骸と、その残骸をまき散らしながら、地球へと・・・機体は落ちる。
終了のアラームも鳴らない、シンプルなGAME OVER の画面を、ソニックは手を止めて眺めたままだ。
続けるつもりは無いらしい。

「・・・覚えてんのか・・・って思ってさ」
ピクリと僕の耳が跳ねた。
「何の事だ?」
「・・・お前はさ・・・あの時のこと、覚えてんのかなぁ・・・ってさ」


君が何を言いたいのか。
それが手に取るようにわかる。
先程のテレビゲームの墜落していく機体が、あの時の自分と重なり見えて仕方がない。
君も、同じ事を思ったのだろうか。


今でも。
あの時に差しだされた 君の手を覚えている。
必死に自分をつかみ上げ、 共に帰ろうと僕の名を呼んだ
君の声も。 力の溢れた紅玉の瞳も。
自分の身体を焼き尽くす、 あの灼熱も。
振り払って 突き飛ばした、 自分の手も。
その時の君の表情も。 身体の重さも。
全て。 思い出せるというのに。


「さあな。分からない。何の事だ?」
はぐらかすような答えを口にするのは。
あの時の事は、もう過去の事だと分かってもらいたいからだろうか。
君の手を振り払ったのは、君に生きて欲しかったからだと
言えば・・・重荷になることは分かっている。
僕の命を取りこぼしたと思っていたあの時のことを、もう思い出す必要など無いというのに。
君は柄にもなく・・・まだ負い目を感じているのか。


「いや・・・・いいんだ。お前が覚えていなくても、思いだしてても。
・・・別にどうこうしようとか、どうして欲しいとか・・・・・思ってない・・・・ただ」

言葉に詰まるように、ソニックは言い淀む。
テレビ画面の電源を落とした。
闇に落ちた画面に映る、翠玉の瞳と目が合う。

「・・・・・・ただ・・・・・聞いてみたかっただけなんだ・・・・・」

窓の外は、夜の帳が降りきって、深淵の闇に包まれている。
冷たい夜空に小さな星が、散らされたように瞬き始めていた。