また明日!

また明日!
じゃあね!と、手を振って家路につく子供たちに混じって、手を振った。
広場から散り散りに帰って行く子どもたちを、チップは一人見送る。
傾いた日の落とす影が、長く長く伸びて、一人立つチップの背丈よりも長くなる。

こんなに沢山の子供達と遊んだのは初めてだった。
ボールというおもちゃは、それはそれは面白いほどよく弾んで、空高く跳ね上がったそれを追っては、小さな羽根で飛び上がる。
上方でキャッチすれば、はるか下方で子供達の歓声があがる。
どこかの野球のスター選手にでもなったかのようで照れくさかったが、チップは楽しくて仕方がなかった。

散り散りに帰っていく子供達をすべて見送り、広めの公園には自分ひとり。
誰かが広場の片隅に忘れていったボールを拾い上げて、夕暮れの広場に佇んだ。
ぽーんぽーんとリズミカルにつこうと思ったが、地面と自分の手の高さが、あまりに近いのでやめた。

「おーい!チップ!」
遠くからなじみの声が飛んでくる。
手を振りつつ、青い風の色が駆けて来た。
「チップ!次の目的地がわかったぞ!明日の朝には出発しよう!」
その言葉に、チップは はっ と顔をあげた。
次の目的地がわかった ということは、神殿の位置が把握できたということだ。
カオスエメラルドに光を取りもどす作業は順風で、滞りなく事が進んでいた。

空を見上げるソニックの気持ちはもう、遥か彼方の次の土地だ。
チップは黙って、手のひらの中のボールをぎゅっと握り締める。

今は遊んでいる時ではない。
それはソニックと一緒に各地をまわり、神殿に光を取り戻している自分が、一番よくわかっている。
大陸が分断され、交通手段も制限されている。
世界のあちこちで流通が途絶え、各地が混乱しているのは確かだ。
食料を輸入に頼っていた国や
支援がなければ、貧困であえぐ国。
生態系も、このままでは狂いかねない。

それは百も承知していた。

でも。


「ソニック…………」
恐る恐るチップはソニックを見上げる。
「ん?」
「あのさ………あのさソニック………お願いがあるんだけど…………」
と言いながら、目を伏せてしまった。
続きの言葉がなかなか出てこない。
もごもごと口を動かすが、どう言ったらいいのかわからなかった。
お願い事というのは、どうやっていたんだっけ。
いつもなら、買って欲しいものがあればねだるし、行きたい所があれば、無理を言って聞いてもらったりもする。
こういう気持ちは初めてで、どう口にしたらいいのかわからなかった。

もうすぐ夕日が沈む。空は段々と赤い光の帯から、オレンジやピンクの混ざったパレットのような色をしている。
蒼い闇が、空の半分を支配しつつある時間。
広場から帰った子供達は、そろそろ夕餉(ゆうげ)の支度を手伝っているのだろうか。

なかなか話さないチップに、ソニックは小首をかしげる。
いつもなら元気いっぱいにおなかすいた!と大騒ぎするくせに、今日はやけにしおらしい。

「………?何かあったのか? どうした?」
「あのね………あのねソニック……… 明日……あしたは……」

小さな手を、ぎゅっと握り締める。
いつものように我侭を言えば、ソニックは聞いてくれるだろうか。
それとも、自分の小さな我侭を、諭すだろうか。

”また明日、遊ぼうね!”と、子供達と初めて指きりをした小指が痛い。
怪我をしているわけでは   ないけど。

言葉に詰まり、口を開かないチップに、ソニックは眉をひそめる。
何か言いたいことがあるのだろうが、言いにくいのだろうということは良くわかった。
いつもは自分本位の我侭を押し通そうというのに、今日はなんだか、チップの様子がいつもとは違う。
クスリ と口端に笑みが浮かびそうになるのをちょっとこらえた。
約束っていうのは、重いかい?チップ。

「ああーっ!!しまった!今何時だ?!」
少し大げさに大きな声を出して、ソニックは慌てる。
チップはその声に驚いて、手に持っているボールをぎゅっと握り締めた。
「テイルスから、トルネードの部品を買ってくるように頼まれてたのを忘れてたぜ…………」
もう夕日は、黒く沈む海の色の中に吸い込まれるようにして消えてしまっていた。
周囲の視界はどんどん夕闇に飲まれ、小さな街灯の明かりだけがゆらゆらと揺れ始めている。
人家からもれる明かりだけが、ここ周辺を明るく照らしていた。

「え………?部品買うの忘れちゃったの?ソニック………」
「ああ。最近は、夜になると化け物が出るようになったから、ここら辺の店は日が沈むと閉まっちまうんだよ………まいったなあ………」
とっぷりと日も暮れ、夕闇に目が慣れ始めてきた頃。
ゆるゆると現れ始めた闇色に、ソニックの体も染まっていく。
「………この格好じゃ、急いで買い物にいっても、怖がられちまうかな?」
大きな牙と、太い爪を持った姿に変化したソニックは、特に気にした風も無く、ハハハッと笑う。
チップも思わず、釣られて笑った。
「仕方ない………。今夜中に整備して、明日朝早くに飛び立つつもりだったが、予定変更だ。部品は明日買いに行こう。今夜はどっかで、夜を明かすか………」
ここの街では、夜に外出禁止令が出ている。
いまさらテイルスのいる宿に戻ったところで、中から鍵は開けてもらえそうに無い。
今夜はダークガイアの眷属どもと、夜明かしのパーティとなりそうだ。

「じゃ……じゃあ、明日部品買いに行くんだったら、明日出発なの?」
「出発は明後日になりそうだな。今夜中に触る予定だった部品なんだ………。テイルスのヤツ、怒るかなあー」
とがった爪の先で、カリカリと額をかくソニックの頭に、チップが嬉しそうな表情をしながらしがみつく。
「本当?!ソニック本当に? じゃあ、また明日はここに遊びにきてもいい?!」
「ああ。好きにしな。でも、テイルスの手伝いくらいはしろよ?」
「うん!わかった!手伝いするよ!!チップがソニックの代わりに買い物に行ってあげるよ!ソニックが遊びすぎてまた忘れちゃったら、大変だからね!」
「よーく言うぜ!!今日は一日外で思いっきり遊びまわってたくせに!!それに、何を買いに行くのかわかってんのか?」
「ううん!わかんない!」
チップは元気良く、ふるふると首を振る。
「お前なあー!」
ウェアホッグの頭の上から、ひらりと降りたチップは、手に持っていたボールをポーンと蹴り上げては追いかける。
明日は何の遊びをしよう。自分の知らない、さまざまな遊びを考えるだけで、胸がわくわくする。

嬉しそうにボールを追いかけるチップの様子をみながら、公園に置かれたゴミ箱の中に、ソニックは買ったばかりの部品の入った紙袋を、そっと投げ入れた。